[全羅南道] 麗水 忠愍祠(여수 충민사)
「忠愍祠(チュンミンサ)」は馬来(マレ)山(385.2メートル)のふもとに位置しています。1601年に体察使(非常時の軍務総括官)である李恒福(イ・ハンボク)が王命を受けて壬辰倭乱(文禄・慶長の役)後の民心を探り、統制使(水軍の総指揮官)であった李時言(イ・シオン)に命じて建立させたものです。1993年6月1日に国家史…
「忠愍祠(チュンミンサ)」は馬来(マレ)山(385.2メートル)のふもとに位置しています。1601年に体察使(非常時の軍務総括官)である李恒福(イ・ハンボク)が王命を受けて壬辰倭乱(文禄・慶長の役)後の民心を探り、統制使(水軍の総指揮官)であった李時言(イ・シオン)に命じて建立させたものです。1993年6月1日に国家史…
「天冠山(チョングァンサン)道立公園」は全羅南道の長興郡、冠山邑と大徳邑の境にある天冠山を中心に広がっており、空を突くようにそびえ立つ奇岩怪石と素晴らしい自然風景により1998年に道立公園に指定されました。天冠山は智異山、内蔵山、月出山、内辺山とともに湖南の5大名山に選ばれています。山全体が岩に覆われており変わった形を…
「駕牛島(カウド)」は、康津湾にある8つの島のうち唯一人が住んでいる島です。四方に康津湾と無人島を望むことができ、海岸の景観が美しいだけでなく島の内部にはタブノキやヒノキの群落地およびクロマツといった自然も非常に豊かです。自動車の通らないつり橋があるため歩いて島に入ることができ、島には山や海を観賞しながらウォーキングが…
国宝「鎮南館(チンナムグァン)」は李舜臣が作戦・計画を立てて軍令を下したところで、護国歴史の聖地と称されています。李舜臣が全羅左水営の本営としたチンヘ楼があった場所で、1599年李舜臣の後任である統制使兼全羅左水使の李時言が丁酉再乱の際に燃えてしまったチンヘ楼跡に75間の大規模な客舎を建て、鎮南館と名付けました。171…
2012年に完工した木浦大橋(モッポテギョ)は、木浦北港と高下島(コハド)を結ぶ全長4,129m、幅35m~50mの往復4車線の橋です。夕方になると飛翔する鶴の翼のように美しい木浦大橋と夕陽が相まって、素晴らしい風景となります。木浦大橋は、木浦市内を走る国道1号線の自動車専用橋梁で、木浦市内の陸地側・竹橋洞(チュットド…
蘆花島(ノファド)は莞島(ワンド)から14.5キロメートル離れた場所に位置し、甫吉島(ポギルド)、所安島(ソアンド)などとともに所安群島を形成する島です。莞島で生産されるアワビの8割が蘆花島で収獲され、また日に二度、海割れ現象が起こる老鹿島(ノロクド)神秘の海の道、小さな憩いの場・松林休憩所など自然そのままの趣を生かし…
全羅南道莞島郡にある「莞島(ワンド)タワー」は高さ76メートル、地上2階と展望階で構成されており、夜間はレーザーショーが行われます。
「浄水寺(チョンスサ)」は全羅南道康津郡大口面にあるお寺です。浄水寺には全羅南道の有形文化財に指定された大雄殿や山門などがあります。山門の外は壬辰倭乱の激戦地として有名です。南側に約3キロメートルはなれた場所には高麗青瓷陶窯地があります。
岩海苔が多い3つの島(苔島)のうち最も下方にある島ということで「下苔島(ハテド)」と呼ばれるようになりました。周辺の釣り場には魚が豊富で、多くの釣り人が訪れるところで、スズキやクロソイなどが獲れます。また、海苔、ワカメなどの海藻が多く採れる他、クロヤギを放牧して育てています。大部分の住民は漁業に携わっており、村には共同…
こんにちは! ‘潭陽リゾート温泉(담양리조트 온천)’ の詳細情報をまとめました。 💡…