[慶尚北道] 安東 臨清閣(안동 임청각)
臨清閣(イムチョンガク)は、中宗の時代に刑曹佐郞を務めた李洺(イ・ミョン)が建立しました。韓国に現存する住宅のなかでも最大規模で500年の歴史を持つ安東固城李氏の大宗宅です。臨清閣という堂号は、陶淵明の「帰去来辞」のうち「登東皋以舒嘯、臨清流而賦詩」からとったものです。李重煥の『択里志』には「臨清閣は、帰来亭や映湖楼と…
臨清閣(イムチョンガク)は、中宗の時代に刑曹佐郞を務めた李洺(イ・ミョン)が建立しました。韓国に現存する住宅のなかでも最大規模で500年の歴史を持つ安東固城李氏の大宗宅です。臨清閣という堂号は、陶淵明の「帰去来辞」のうち「登東皋以舒嘯、臨清流而賦詩」からとったものです。李重煥の『択里志』には「臨清閣は、帰来亭や映湖楼と…
大典寺(テジョンサ)は、新羅の文武王12年(672年)に義湘大師により建てられたと伝えられています。その後、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の際に火災に遭い、朝鮮顕宗13年(1672年)に再建され、現在まで使用されています。1976年に普光殿を補修する際には、1662年に作成された上梁文が発見されました。内部には毘盧子那仏が…
瞻星台と月城の間に位置しており、史跡に指定されています。慶州金氏の始祖、閼智が誕生したという伝説がある由緒ある場所で、このような話が残されています。新羅脱解王の時に、瓠公がこの林の中で鶏の鳴き声を耳にしたので、声が聞こえる方に近寄ってみると、木の枝に金の装飾がほどこされた櫃が引っかかって、光を放っていました。このことを…
「大加耶(テガヤ)歴史テーマ観光地」は大加耶の中心となった都、慶尚北道高霊郡にある大加耶の文化と歴史をテーマにした公園です。古代文化(土器、鉄器、伽倻琴)や4D映像館、大加耶探訪森の道など、多くの見どころがあります。
布川(ポチョン)渓谷は慶尚北道星州郡伽泉面華竹里にある約7キロメートルにおよぶ渓谷です。昔、星州のソンビ(学者)が心身と学問を修養した場所で、渓谷の上流には朝鮮時代後期の文臣で当代最高のソンビである凝窩(ウンワ)李源祚(イ・ウォンジョ)が晩年を過ごした晩帰亭があります。
「石氷庫(ソクピンゴ)」は石で作られた天然の冷蔵庫で、宝物に指定されています。505年に氷を保存したという記録があり、新羅時代のものであると考えられてきましたが、現在の石氷庫は朝鮮時代の1738年に作られたことが分かりました。石氷庫は入口が月城の中にあり、長さ12.27メートル、幅5.76メートル、高さ5.21メートル…
「鳳停寺(ポンジョンサ)」 は672年、義湘大師が創建したという説と、その弟子・能仁が創建したという説が伝わっています。韓国戦争でほとんどの資料が消失したため創建以後の寺院の歴史は不明です。しかし、1972年に鳳停寺の極楽殿を解体・修復した際、棟上げ文から高麗時代・恭愍王12年の1363年に極楽殿を修理したという記録が…
カルデラ盆地(カルデラとは、火口が崩れ落ち造られた噴火口のこと)である羅里盆地(ナリブンジ)は鬱陵道で最も大きい平野です。羅里盆地には、排水がよく肥沃な火山灰土が広がっています。鬱陵島の多くの住民は漁業に従事していますが、羅里盆地の住民は薬草を栽培をしています。…
韓国の観光洞窟である聖留窟(ソンニュグル)(天然記念物)は概ね北東-南西方向に発達した石灰洞窟。全体の長さは約870メートルで、そのうち270メートルが開放されています。洞窟の中には石灰洞窟でよく見られる鍾乳石、石筍、石柱、洞窟真珠などの様々な洞窟生成物があります。聖留窟では、韓国の他の石灰洞窟とは異なり、破壊された石…
「注山池(チュサンジ)」は1720年(景宗元年)8月に着工、その翌年の10月に完工した貯水池です。長さ200メートル、平均水深約8メートルとそれほど大きくはありませんが、どんなに日照りが続いても今まで水が干上がることはなかったといいます。注山池には熱い火山灰がからみ合ってつくられた溶結凝灰岩という緻密で硬い岩石が下にあ…