[慶尚北道] 吾魚寺(浦項)(오어사(포항))
雲梯山(ウンジェサン)吾魚寺(オオサ)は、仏陀の奥ゆかしい香りが漂い、龍に包まれているような湖と奇岩絶壁が一幅の絵画のように調和している場所で、新羅の4大祖師を輩出した聖地でもあります。新羅時代の第26代真平王のときに創建された寺院で、当初は恒沙寺と呼ばれました。元暁大師と恵空禅師がここで修行した際、二人は仏法の力で川…
雲梯山(ウンジェサン)吾魚寺(オオサ)は、仏陀の奥ゆかしい香りが漂い、龍に包まれているような湖と奇岩絶壁が一幅の絵画のように調和している場所で、新羅の4大祖師を輩出した聖地でもあります。新羅時代の第26代真平王のときに創建された寺院で、当初は恒沙寺と呼ばれました。元暁大師と恵空禅師がここで修行した際、二人は仏法の力で川…
慶尚北道樹木園は慶尚北道浦項市内延山の麓(平均海抜650m)に位置し、美しい景観を誇る韓国最大規模(2926ha)の樹木園です。慶尚北道の郷土樹種および国家植物遺伝資源の保全・研究、道民の情緒涵養のための自然親和的生態教育体験場の造成、東海岸圏観光地、周辺植物園と連携した山林生態文化圏形成のために設けられました。独特な…
宝鏡寺(ポギョンサ)は、智明(チミョン)法師が602年、晋に留学し帰国後創建した寺です。智明法師は「東海(トンへ)沿岸にある名山の中で風水地理的に素晴らしい土地・明堂を探し出し、自らが晋の、とある道人からもらった八面宝鏡を埋め、その上に法堂(本堂)を建立すれば、倭寇の侵入を防げるほか、隣国の侵略も受けずに済み、(新羅・…
九龍浦(クリョンポ)日本人家屋通りは1883年朝鮮と日本との間で締結した「朝日通商章程」以降、日本人が朝鮮に渡り居住したところです。現在当時の家屋が40軒余り残っており浦項市が「日本人家屋通り」として整備しました。当時料理屋として使われていた日本家屋で当時の内部をそのまま残し現在は喫茶店として営業している「古里屋(ふる…
金泉駅から西側に12キロ離れた黄嶽山の麓にある「直指寺」は、新羅・訥祗王2年(418年)、阿道が建てた寺院です。周囲の古い松の木やきれいな渓谷の水、秋には紅葉が絶景をなし、周囲の景観と調和をなします。境内には大寂光殿があり、1000年になるクズの根とハギの柱の一柱門、朝鮮時代の代表的な建物である大雄殿、統一新羅時代の作…
泰安半島の南部に位置する島のようではない島「安眠島」の連陸橋を過ぎて10分ほど行くと「安眠(アンミョン)海水浴場」の案内板があり、そこから5分ほど松林を行くと広い砂浜が広がります。
「地蔵精舎(チジャンジョンサ)」は、韓国仏教法輪宗所属の寺院で1980年6月に徳山昌法和尚が「地蔵庵」を創建したのが始まりです。1995年に千仏殿、2002年には極楽殿と納骨堂を設けました。2005年6月から週末ごとにテンプルステイを運営している他、2006年に社会福祉法人・地蔵院を設立、2008年には老人専門療養院を…
塔亭湖(タプチョンホ)は忠清南道で2番目に大きな湖で、水が澄んでいることで知られています。美しい夕焼けが観賞でき、各種水上レジャースポーツも楽しめます。
忠清南道瑞山市浮石面看月島里にある「 看月庵(カヌォラム)」は、 看月島という小さな島にある庵です。朝鮮の太祖である李成桂の王師であった無学大師が建てた庵で、無学がここで月を眺めていた際に悟りを開いたといわれていることから看月庵と名づけられたといわれています。…
合徳堤(ハプトクチェ)は忠清南道唐津市に位置する貯水池です。統一新羅末期に築造されたと伝えられ、1989年に忠清南道記念物に指定されました。礼唐平野(ソドゥル江門)灌漑のためのもので、春は桜や菜の花、夏は蓮の花が咲き、多くの観光客が訪れます。また合徳堤は蓮堤、蓮池と呼ばれるほど蓮の名所としてよく知られています。近くに合…