[忠清南道] 唐津 沔川邑城(당진면천읍성)
唐津(タンジン)市は瑞山(ソサン)、泰安(テアン)などと共に昔から中国に通じる重要な海道があったところです。中国との通商に重要な通路でもありましたが、同時に国防上の重要な拠点でもありました。沔川邑城(ミョンチョンウプソン)は高麗時代の忠烈王16年(1290年)に建てられたとされますが、実は百済初期から外敵の侵入を防ぐた…
唐津(タンジン)市は瑞山(ソサン)、泰安(テアン)などと共に昔から中国に通じる重要な海道があったところです。中国との通商に重要な通路でもありましたが、同時に国防上の重要な拠点でもありました。沔川邑城(ミョンチョンウプソン)は高麗時代の忠烈王16年(1290年)に建てられたとされますが、実は百済初期から外敵の侵入を防ぐた…
「南二(ナミ)自然休養林」は家族単位での宿泊や観光に最適な場所で、広葉樹種の天然林が茂る自然豊かなスポットです。文化財に指定されている百済時代の城跡「ペク・リョン聖地」や、韓国戦争による激戦の傷跡が残る「六百高地戰勝塔」などがあり、自然と歴史が共存しています。
忠清南道天安市芝山里国学院内の20万平方メートルの敷地にある「韓民族歴史文化公園」は、檀君の開天思想や宗教、文化を超越した弘益精神を基に建設された場所です。中央には高さ33メートルの韓国最大の「国祖・檀君立像」が置かれています。また、開国の歴史広場には高句麗(朱蒙)、百済(温祚)、新羅(朴赫居世)の始祖像が置かれている…
石蓮寺(ソンニョンサ)は大韓仏教曹渓宗第7教区の本寺修徳寺の末寺です。石蓮寺に行く道はよく舗装されており、美しい山道は白月山(ペグォルサン)の風景がひと目で刻まれるようなところで、ドライブコースとしても最適です。高い石積みの上に位置する大雄殿とその横に立つ大木が石蓮寺の歴史を物語っているようで、寺院前の白月山の茂った木…
洪城(ホンソン)が旧地名「洪州(ホンジュ)」の名を受け継いで2018年で千年となります。洪州千年記念塔は洪城郡の地図、朝陽門、五官里ケヤキをモチーフにし、輝かしい歴史を持つ洪城の過去、現在、未来を表現しました。記念塔中心部は洪州の千年の歴史のなかで流れる時間を砂時計で形象化するとともに、記念塔の下段には現在の洪城の姿を…
金佐鎮(キム・ジャジン)将軍銅像は、将軍が青山里戦闘で日本軍の加納連隊を殲滅した際の武装した姿で、独立軍大将の勇猛さを称えるために建てられました。
秋陽祠(チュヤンサ)は、文臣であり義兵の金福漢(キム・ブクハン)の影幀を祀っている祠宇。明成皇后が殺害されると官職を捨てて都落ちし、忠清南道洪城(ホンソン)一帯で持続的に抗日義兵活動を遂行しました。獄中で1924年殉国し、1963年建国勲章独立章が追敍されました。祠宇は1975年に洪城郡守の趙栄鎬(チョ・ヨンホ)が建設…
暘谷祠(ヤンゴクサ)には朝鮮後期の性理学者として湖西地域の学者たちの学説である湖論を率いた韓元震(ハン・ウォンジン)、韓元震の弟子として湖洛論爭が起きた時は師の理論に従って湖論の人物性異論に同調した宋能相(ソン・ヌンサン)、韓元震の弟子で英祖の義父である金漢耉(キム・ハング)が従兄、貞純王后を背に老論僻派の領袖として英…
靖忠祠(チョンチュンサ)は淸難功臣・林得義(イム・ドギ)将軍の遺影と神位を奉安するために建てられた祠堂です。1632年に建てられ、その後 建物が老朽衰退し1872年に再建されました。靖忠祠は2009年10月20日忠清南道文化財資料に指定されている他、周辺には忠清南道文化財資料の林得義将軍墓や神道碑などが一廓をなしていま…
朝鮮時代の死六臣(世祖の時代、端宗の復位を謀ったために処刑された6人の忠臣)の一人である成三門(ソン・サンムン)の母方の祖父である朴潭(パク・タム)の古宅があったところであり、成三門が生まれたところとして知られています。成三門をはじめとする死六臣(朴彭年(パク・ペンニョン)、李塏(イ・ゲ)、柳誠源(ユ・ソンウォン)、河…