[全北] 剛庵書芸館(강암서예관)
芸郷・芸都と呼ばれる全州(チョンジュ)。この芸郷・芸都の雰囲気を味わいたい方におすすめの場所がここ、「全州市 剛庵書芸館」です。 全州のシンボル・豊南門(プンナムムン)、慶基殿(キョンギジョン)、東には梧木台(オモクテ)、郷校(ヒャンギョ)、寒碧堂(ハンビョクタン)などがある校洞(キョドン)全州川沿いに1995年オープ…
芸郷・芸都と呼ばれる全州(チョンジュ)。この芸郷・芸都の雰囲気を味わいたい方におすすめの場所がここ、「全州市 剛庵書芸館」です。 全州のシンボル・豊南門(プンナムムン)、慶基殿(キョンギジョン)、東には梧木台(オモクテ)、郷校(ヒャンギョ)、寒碧堂(ハンビョクタン)などがある校洞(キョドン)全州川沿いに1995年オープ…
披香亭(ピヒャンジョン)という名称は、東西両側に掘った上蓮池(サンヨンジ)と下蓮池(ハヨンジ)に咲く蓮の花の香りで周囲がいっぱいとなったということから名付けられた名前です。…
薯童(ソドン)公園は、金馬(クムマ)貯水池周辺に整備された公園です。公園には12支神像(12の動物)と薯童・善花(ソンファ)姫をテーマにした彫刻など100以上の作品があります。中央広場には武王(ムワン)の銅像があり、馬韓(マハン)体験館、子供森体験場、ピクニック場、噴水台、水辺広場などが整備されています。薯童と善花姫、…
辺山半島(ピョンサンバンド)国立公園は全国で唯一、海と山で構成される国立公園です。山岳地域の内辺山(ネビョンサン)と海岸を中心とする外辺山(ウェビョンサン)に分かれます。独特な岩石で構成された標高508メートルの義湘峰(ウィサンボン)と彩石江(チェソッカン)、赤壁江(チョクビョッカン)があり、格浦(キョクポ)港、来蘇寺…
青銅器時代の代表的な墓の様式である支石墓は、韓半島に3万基以上が分布しています。高敞(コチャン)は支石墓がとくに多い地域で、この地域だけで1,600基余りが点在しています。高敞支石墓遺跡には、紀元前6~5世紀頃につくられた支石墓の遺跡が見られる公園や、青銅器時代を窺い知ることができる博物館があります。
南原(ナムォン)は韓国の古典文学の代表である『春香伝』の背景となった場所です。智異山、徳裕山、俗離山を繋ぐ観光都市であり、南原地域の観光産業をより発展させる目的で、南原観光団地が形成されました。団地の中には国立民俗国楽院と春香文化芸術会館をはじめとし、南原ランド、宿泊施設、レストラン、展望台などの施設が設けられている他…
全羅北道の有形文化遺産に指定されている「寒碧堂(ハンビョクタン)」は、1404年に朝鮮開国の功臣・崔湛(チェダム)の別荘として建てられた楼閣です。 僧岩山の山麓の断崖にあるため絶景で、特に目の前を流れる全州川とは絶妙のバランスをなしています。かつて多くの文人がここを訪れインスピレーションを得たことから、寒碧晴煙(寒碧堂…
豊南門(ナンプンムン)は旧全州邑城の南側門で、丁酉再乱の際に破壊されたものを1734年に城郭と城門を建て直し明見楼と呼んでいたものです。「豊南門」という名称は1767年に火災に遭い、観察使ホン・ナギンが1768年に再建し名づけました。純宗の時代、都市計画により城郭と城門が撤去され、豊南門も多くの損傷を受けました。その後…
帰信寺は676年に義相大師(新羅時代の僧侶)によって創建された寺で、当時は国信寺と呼ばれましたが、新羅時代末に現在の名前になりました。1592年の壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の影響で火事となり廃墟と化しましたが、1873年に再建されています。現在残っている建物は、宝物として指定されている大寂光殿を始めとして、冥府殿、山神…
「松広寺(ソングァンサ)」は全羅北道完州郡所陽面にある千年古寺です。大韓仏教曹渓宗松広寺は新羅景文王7年(867年)に九山禅門の開山祖である普照体澄禅寺が開創しました。元来の寺名は白蓮寺で、現在の一柱門が3キロメートル離れたところにありましたが、歴史の変遷により廃寺となったものを順天松広寺の普照国師知訥僧が復元後、現在…