[慶尚北道] 九龍浦港(구룡포항)
浦項(ポハン)虎尾岬(ホミゴッ)から甘浦(カムポ)の方へ向かう場所にある九龍浦港(クリョンポハン)は、日帝強占期の1923年にふ頭と防波堤が建設されたことで港としての姿が整えられました。現在、北防波堤約600メートル、南防波堤約400メートル、物揚場約600メートルの施設が備えられており、荷役能力は33万4,000トン…
浦項(ポハン)虎尾岬(ホミゴッ)から甘浦(カムポ)の方へ向かう場所にある九龍浦港(クリョンポハン)は、日帝強占期の1923年にふ頭と防波堤が建設されたことで港としての姿が整えられました。現在、北防波堤約600メートル、南防波堤約400メートル、物揚場約600メートルの施設が備えられており、荷役能力は33万4,000トン…
月精橋(ウォルチョンギョ)は、慶尚北道(キョンサンプクド)慶州市(キョンジュシ)校洞(キョドン)にある統一新羅時代に架けられた橋です。この橋は朝鮮時代に失われてしまいましたが、2018年4月、韓国国内最大級の木造橋として復元されました。…
「SONO Belle慶州(ソノベルキョンジュ)」には417室の客室があり、51坪タイプ、42坪タイプ、スイートタイプ、ファミリータイプなど、様々な部屋が用意されています。またスーパーやゲームセンター、韓国料理レストラン、カフェテリアなど、様々な付帯施設も揃っています。1年中水遊びができるアクアワールドの他、ウェディン…
骨窟寺(コルグルサ)は、慶州市街と東海の間にそびえ立つ含月山(ハムォルサン)に位置している仏教寺院です。1,500年以上の歴史をもち、12の石窟に多くの仏像が保存されています。韓国仏教の…
国宝・石窟庵(ソックラム)は新羅・景徳王10(751)年、当時の宰相であった金大城(キム・デソン)が創建したと伝えられています。 仏国寺から稜線伝いに約3km、迂回路の一般道・仏国路経由で約9kmのところにある石窟庵。…
「感恩寺址(カムンサジ)」は、三国統一(7世紀後半に新羅が百済と高句麗を滅亡させ統一国家を築いた出来事)を達成した新羅の文武王が建てた寺です。現在は高さ13.4メートルの大きな二基の石塔が残っているのみで、建築物は焼失してしまいました。 …
国家民俗文化遺産・慶州崔富者宅(キョンジュチェプジャテク)や国家無形遺産・慶州校洞法酒(ポプチュ)がある校洞(キョドン)村(キョドンマウル)は、12代もの間、万石取りの大地主としての財産を守り、また学問にも力を入れ9代にわたり科挙の予備試験に当たる小科のひとつ覆試(ポクシ)に合格した人に与えられる称号・進士(チンサ)を…
慶州郷校(キョンジュヒャンギョ)は、創建年未詳となっていますが、高麗時代に儒学の先賢・賢儒の位牌を祀り、地元の中等教育や地方に住む人々の教化を図る目的で創建されました。新羅時代の神文王(シンムナン)2(682)年に、教育と儀礼を司る礼部(イェブ)に属する教育機関・国学が設置された場所と言われています。その後朝鮮時代に入…
新羅30代文武王の墓。東海岸から200m離れた海にある水中陵で、世界的に類例がなく、新羅人の独創的な考えを垣間見ることができるスポットです。文武王は父親の太宗武烈王の業績を受け継ぎ、高句麗を滅亡させ、唐の侵略を防ぎ三国統一を成し遂げました。『三国史記』によると、文武王が亡くなり仏式の葬儀に従って火葬し、東海に葬れば龍に…
韓国の鉄鋼産業の歴史は、韓国の飛躍的な経済発展期と時を同じくします。Park1538ポスコ(POSCO)歴史博物館では単なる一企業の足跡を越え、浦項の発展、そして韓国の産業の発展の姿を垣間見ることができます。展示は紀元前4,000年前の鉄器時代から始まりスケールも幅も広く、中でも何もない土地に浦項製鉄所を建設するためぽ…